2006年12月31日 (日)
2006年12月24日 (日)
2006年12月23日 (土)
2006年10月22日 (日)
アンティークレース
手に取ってみる。
100年以上も前のものだから
当然一つ一つ手編み、そういうものに
思いをはせるのが楽しい。
中にはどうしても、茶色いシミがついているものがある。
ショウユこぼした?・・・なわけないじゃ~ん。
人の手から手に渡って今日まで来たのだから
仕方がないと思うこともあるけれど
ある骨董屋さんのレースは
いつ見ても状態の良いものばかり。
聞けば、いくらアンティークとはいえ
黄ばんだり、シミが目につくものは
ご自身も気持ちが悪いのだそうだ。
私もそう思う。
でも、状態の良い
真っ白のレースは
きっとずっとずっと使わないで
大切にしまわれていたのじゃないかな。
だから、使ってあげてね。
と言ってくださった。
レースと骨董屋さんと私
時空を超えてのご縁である。
2006年10月20日 (金)
THE VERY THOUGHT OF YOU
The very thought of you and I forget to do
The little ordinary things
That everyone ought to do
先日、ひさびさに聴いた曲。
まだ頭の中で流れてる。
ずいぶん、ずいぶん前に買ったCDを
ひっぱり出してきて
秋に聴く
ナット・キング・コール
It's just the thought of you
The very thought of you, my love
2006年10月15日 (日)
感謝すること
幸せになるには、成功するには、感謝をしなさい。
いろんなところにそう書いてあります。
何かを思い出させてくれるには
とても良いメッセージだと思います。
でも、感謝は
しなくちゃいけないものではないと思います。
幸せになるために、成功するために、
わざわざするものではないような気がします。
私にとって、感謝とは
自然にあふれてくるもの。
生きている間に経験する
さまざまな喜びや悲しみを通して
自分の心の畑が耕され
知らず知らずに、湧き水のように
あふれてくる心持ち。
その時
感謝と愛と幸せと
それぞれの言葉としての
表現の違いはあっても
あふれてくる心持ちに
境界は無い。
2006年10月11日 (水)
2006年10月 1日 (日)
スパリチュアルな時間
来世に救いをもとめて
神社仏閣や仏像を建立しました。
来世とはあの世のこと
死んでから良いところ、極楽へ行きたい一心で
祈りを捧げたり、行いを良くしようとしたりしました。
ずっと後の
良寛さまの時代でも
「この世さへ うから、うからとわたる身は
来ぬ世のことを何思ふらむ」
と、これは弟から
そんなことで来世どうするんですか
と送られた歌への、良寛さまの返歌。
今の世で過去世云々と言われているのは
そんな昔からのひたすらの願いをしっかりとキャッチして
過去世を知ることで、今のこの人生を良くしていこうという
自然なひとつの流れなのかも知れません。
世間はそんなスピリチュアルブームでもありますが
最近の私は、あちこちのスパで
もっぱらスパ・リチュアル三昧。
プールにぷかりと浮かんだ後は
トリートメント・・・
お花の香りにうっとりと
このひとときのこと以外、何思ふらむ
2006年9月25日 (月)
2006年9月22日 (金)
2006年9月16日 (土)
2006年9月 9日 (土)
2006年9月 1日 (金)
2006年8月31日 (木)
8月が終わる前に
本屋さんに行くと
まだ夏休みの課題図書が並んでいる。
近年、戦争の記憶の風化が懸念されているが
課題図書の半分以上は
太平洋戦争がテーマになっていて
私が子供の頃に目にしたものも置いてあった。
内容を知っているので、
できることなら手に取りたくない。
私には子供はいないが
太平洋戦争を物語る本を通して、
物事の断片しか報じられないニュースを通して、
こういうことをどこまでフェアに
私から子供に伝えられるものか。
やはりこういった絵本は必要なのだろうか。
あれこれ思いをめぐらせると
私は貝になりたい、と思ってしまう。
元SASの隊員だった人と話をしたことがある。
SASとはサザンオールスターズの略ではなく、
イギリス陸軍の特殊部隊のことである。
イラン大使館占拠事件の突入に参加し
マスクをかぶってテレビに映っていたかもしれない人だ。
任務について詳しい話が出るわけもないし
聞いても分からないけれど
「何かを考えさせられる」職業だったそうだ。
その人の神経がちりちりとしているのが伝わってきたが
人柄は誠実で、
私との会話でくつろいでいるようであった。
かわいい男の子達が笑っている
家族の写真を見せてくれた。
家ではピザを生地から作って楽しむのだとか。
SG550というライフルについて教えてくれた。
「こいつの弾は生分解性プラスチックで出来ているから
地面に落ちると自然に還って、地球に優しいんだ。
人にはちっとも優しくないけどな。」
というようなことを言って、ケケケと笑った。
「今度は、川や沼の中で眠ってサバイバルする方法を
教えてあげるよ。」
と言って別れたきり、連絡が途絶えた。
SASはもう前に辞めたけれど今の仕事が忙しいと言っていた。
当時ニュースを見れば、なるほど忙しい状況になっていた。
その人が「東ティモールにも行ったよ。」と言ったとき
「随分最近の紛争ね。」と言ってしまった。
私にとっては戦争というものは、あくまでも
毎年8月に取り上げられる「太平洋戦争」のことだったから。
その人にとっては、それは「随分過去の仕事」で
当時は「現在の戦争」に携わっていた。
平和ボケの私と楽しく話をしながら。
子供の頃の体験を、誰にも打ち明けることなく
貝のようにかたく閉ざして
心の中に抱えて生きてきた人達が
61年という年月を経て
やっと口を開いて下さる。
当時の自分と同じ年頃の子供達に
二度と自分と同じ思いをさせてはいけないと思って。
それほどに
惨かったのだ。
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2006年8月29日 (火)
2006年8月26日 (土)
2006年8月25日 (金)
2006年8月10日 (木)
美輪様の来世
夕べはひさびさに「オーラの泉」を見ながら
美輪様が今度生まれ変わったら、どんな人生だろうと思った。
スピリチュアリティ、過去生、といったものがわりと誰にでも
親しみやすく取り扱われるようになったのは
スピリチュアルな方々のご努力によるものだけれど
最近は本当に軽いノリで「この人の前世って?」と
思ってしまう自分がいる。
今の人生を生きているだけでも、
のほほんと生きているように見える人生であったとしても
生きていれば、山あり谷あり結構いろいろあると思う。
私だけが幸せ、私だけが生きるのタイヘン、なんてありえない。
そうやって考えると、前世というものがあったとして
私たちの魂は
一つのずっしりと重みのある生と死を
何度も何度も様々に繰り返しているのだとしたら
それだけでとてつもなく「私たちって素晴らしい!」と思える。
そしてやっぱり今生は、今生しかなくて
とてもとても大切なのだ。
来世の美輪様はどんな人なのだろう。
もう生まれ変わる必要がないのかしら。
それとも、とても地味で平凡な人で、自分探しをしていたりして。
そういう経験も必要!とかって・・・。
過去生を見てもらって、
「あなたは前世、美輪様でした。」って言われるの。濃いわー。
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2006年8月 7日 (月)
2006年8月 1日 (火)
2006年7月29日 (土)
2006年7月28日 (金)
秋を探しに
秋を探しにデパートをぶらぶら。
梅雨が明けて、これからが夏本番。
こんなに日差しが強くては
8月、9月の暑さが思いやられるっていうのに
なんだか、もう秋が待ち遠しい。
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2006年7月24日 (月)
熊田千佳慕展
目黒区美術館の「熊田千佳慕展」に行ってきました。
ファーブル昆虫記やみつばちマーヤの絵で有名な方です。
母が趣味でバッグを習っている先生が
千佳慕さんに絵を習っていらっしゃり、
毎年、千佳慕さんの絵のカレンダーを下さいます。
美術館へいく途中の小道に
長崎市から贈られたという被爆二世の柿の木が植樹されていて
思わずそっと手を合わせました。
どうぞずっとお元気で・・・
千佳慕さんは、現在95歳。
ファーブルその人であるかのような、少年のような、
感性の瑞々しさと観察力に
こちらはただ
じっと目をこらすばかり。
あざみが、あざみのように
いも虫が、いも虫のように
葉の虫食いは、虫食いのように
事実を事実としてそのまま写し取る
だからといって写実ではなく
必ずそこにストーリーがある。
千佳慕さんの感性を
そのまま感じることができたらいいな、と思いました。
2006年7月22日 (土)
梅日和
ここぞとばかりに梅を干す。
梅の香りに
ついつい、つまみたくなるけれど
がまん、がまん。
土を喰う日々―わが精進十二ヵ月 によると
「梅は夜つゆが好きなんや」
夜つゆがあたると、やわらかくなるのだそうです。
でも今日はこれにてオシマイにします。
梅ちゃん、ごめんね!
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2006年7月21日 (金)
2006年7月19日 (水)
ゴーヤーザウルス
今日のはちょっと丸っこい。
なんでも、「このゴーヤーは上等なやつだから。」
ということで下さったらしい。
私には上等なゴーヤーとそうでないゴーヤーの区別が
さっぱりつきませんが、お野菜をいただけるのは本当に有難いです。
食べるのも大好きですが、お野菜に触ることそのものが好き。
上のゴーヤーにしても、ふつうの縦長のゴーヤーでも、
小さな恐竜みたいでかわいい。
アスパラやカリフラワーなんかをうっとりしながら眺めては
人間が育てることは出来ても
色彩といい、デザインといい、
決して形作ることは出来ないよなぁ!と感動します。
それでいて食べると美味しくて、生きる力になってくれる。
ザウルスちゃんは、やはり
ゴーヤーチャンプルーにするのが美味しいと
おばぁは言っていたさぁ。
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2006年7月16日 (日)
2006年7月13日 (木)
清志郎さん、がんばって!!
清志郎さんのニュースで、しばらく何も手につきませんでした。
長野でライブがあるときは
必ずスタッフとして参加させていただいています。
去年の打ち上げでの楽しい思い出も
ずっとずっと心の中の宝物です。
今年は12月の予定で
どんな風に「おかえりなさい!!」とお迎えしようかと相談して
それでケーキの回転台を買ったのです。
でもスポンジケーキちゃんと練習しておこう。
ライブの予定が、少し延期になっただけです。
ステージの上で
ギターを交換する度に毎回「ありがとう。」とおっしゃる。
各地のファンの方々やスタッフの気持ちを
ちゃんと受け止めて下さる。
赤ちゃんや子供たちを、こよなく愛されている。
そんな清志郎さんが
“ブルースを楽しむような気持ちで”立ち向かっていかれる。
ご家族やバンドの皆さん、大勢の近しい方々は
どんな気持ちでおられるだろうかと思います。
沢山の清志郎さんを思う心は、必ず届く。
そしてまた絶対に帰ってきてくれる。
颯爽とオレンジ号に乗って。
2006年7月12日 (水)
暑いけど・・・
数年前のこんな、じっとりと蒸し暑い日のこと。
私の乗ったエレベーターに社長が乗ってこられた。
私は
「暑いですが、お体大切になさって下さいね。」
と言うつもりだったのに、どういう訳だか
「暑いけど。」
と言ってしまった!
自分でもあまりにびっくりして、フォローもなにも
二の句が継げない。
「本当に暑いねえ、体調崩さないでね。」
と、逆に社長にやさしく労われてしまった。
え~ん、ちがうんだってばぁ!!
きっとそれ以来、「この子はこういう子なんだ。」と思われて
いろいろなことを大目に見て下さっているのかも知れない。
たまに会食や帰り道でご一緒すると
わずかな時間でも
社長のお話は、なるほど、と私の心に響くものがある。
体調崩されませんように。
暑いけど。
2006年7月11日 (火)
右も左もあるもんか
昔から
戦争や事件の話を聞くと
「家族が引き裂かれる」ということに対して
悲しみを超えて憤りを覚えます。
かけがえのない人を守りたくても
守りきれなかった気持ちを思うと
どうにも胸がかきむしられるような思いがします。
我が子を奪われ、なおその上に
自分が住んでいる国にミサイルを向けられるとは。
ミサイルが発射するときに舞う風さえも
めぐりめぐってこの地に届いてほしくない。
それは自分や自分の国というだけでなく
誰ひとり、どこの国の上にも
もうミサイルは落ちてはいけない。
時々けんかをしたり、笑ったり、一緒に問題を乗り越えたり
なんでもない日常こそが美しい。
そんな気持ちに、右も左も、南も北もあるもんか。
ここには楽しいことや美味しいもののことばかり
書きたいけれど
ミサイルが爆発する前に
私が爆発しそうです。
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2006年7月 7日 (金)
Vega
I've dreamed to see the Milky Way tonight
You're smiling
But I know you're crying on the inside
I've believed the stars twinkle in the Milky Way
Above the clouds
Even it's such a rainy day
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2006年7月 5日 (水)
2006年7月 4日 (火)
野菜のおかげ
母が少し体調を崩したので、体に優しいものをと思い
野菜のコンソメスープを作りました。
その中の材料のひとつとして煮込んだジャガイモを取り出して
マッシュポテトに。
これから蒸し暑い日が続きますが
元気で過ごせますように。。。
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2006年7月 2日 (日)
2006年7月 1日 (土)
2006年6月27日 (火)
2006年6月26日 (月)
知っていることと、知らないこと
知らないことが無い人なんていない。
知っていることが無い人なんていない。
誰にでも知っていることと、知らないことがあって
知っていることを語り合えるのは幸せなことだと思う。
知らないことを、どこまでも語り合えることも
とても大切なこと。
ひとりでは、決して出来ないこと。
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2006年6月25日 (日)
マリア・カラスの爪
この方は、銀座の遠藤波津子美容室で26年間
美容のお仕事に携わっていらっしゃり
正田冨美子さんのお顔を担当されていた方
です。
結婚を機に退職をされた今でも、お客様のことをそれ以上
あれこれお話されることはありません。
私も立ち入ろうと思いませんし、彼女のそんな姿勢が大好きです。
でも、マリア・カラスが来日した時のことは
まるで子供がお話をせがむように、何度も何度も聞きたくなります。
「マリア・カラスが来日したのは、1974年のことでした・・・。」
彼女は、ネイルを担当されたそうです。
「恋多き女。」
「オナシスとねぇ。」
「でも、ジャクリーヌが・・・。」
「そう。」
「そうよねぇ。」
そんなお話をしながらエステをしていただくと、
身も心もすっかり綺麗になって
知らないうちに、マニキュアやぺディキュアまで。
マリア・カラスの爪はとても大きかったそうです。
ご自宅には、特別にサインをしてもらった
白いハンカチが飾ってあります。
「もう一晩、泊まっていったら?」
そんな言葉にすっかり甘えて、ついついもう一泊・・・
2006年6月21日 (水)
2006年6月20日 (火)
船越康弘さん講演会
浜松にあるお惣菜屋さん知久屋さんを経営されている
知久さんにお声をかけていただき、
自然食料理人船越康弘さんの講演会に参加させていただきました。
船越さんは、マクロビオティックの故桜沢如一氏に出会い、
「たべものを変えると人生が変わる」ということを実感されて
岡山で15年民宿をされた後、ご家族でニュージーランドに渡られ
現在はニュージーランドで民宿をされています。
日本では講演会や料理講習、そして医療機関や企業の
食のコンサルティングもされています。
講演会からはメッセージをいっぱい受け取って帰ってきました。
マクロビオティックということや陰陽の理論にこだわるのではなく、
素材に対して失礼のないように、
そしてそれを育んでくださった天地と
農家の方や、素材が手元に来るまでに携わった方々を思い
素材が食べる方の役に立ってくれることに感謝して料理されている
ということ。
そんな風に天地に養ってもらえる私たち一人一人というのは
無条件で、ここに存在するだけでとても大切な存在なのだ
ということ。
そして、子供達に対する深い深い愛情を
感じることができました。
食に対する想い、未来を担う子供達に対する想いは、
知久さんも同じ熱い想いをもっておられます。
講演会のはじまりのご挨拶では
ほんの一部のお惣菜に「アミノ酸等」が入っていて
その原因は何かを調査したところ、
材料の1つであるシーチキンだったため
この材料は今後は一切使用しない、という
皆さんに対しての具体的な説明をされていました。
知久屋さんのお惣菜の基準は、
「子供に安心して食べさせられるかどうか。」とのこと。
経営者の方のお話で、会社の展望や
とにかく順調に行っているというお話が多い中で、
このような真摯な姿勢を貫かれる知久さんは
本当に素晴らしい方だと思います。
様々な医療機関や企業をご存知の船越さんも、
知久屋さんはトップレベルの水準を保ち続けておられ
浜松の方はそんなお惣菜を安心して食べられるから
幸せですね、とおっしゃっていました。
わらNZのホームページはこちらです。
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2006年6月19日 (月)
ホスピタリティあふれる人々
最近、これぞホスピタリティ、という出会いが続いています。
「今日はOFF・・・」と思っていても
知らないうちにホスピタリティについて熱く語ってしまっていたり。
ホスピタリティのプロフェッショナルから、
自分がホスピタリティあふれる人だなんて
これっぽっちも思っていない人まで。
それは決して自分を無くして犠牲にしてしまうことではありませんが
誰かのために・・・と言いながらも“me, me, me!!”と
矢印が自分にしか向いていない人がいる中で
相手を一人の人として思いやることの出来る
本当の意味で自分と相手を大切にすることを
知っている人。
そういう方々の咄嗟のふるまいは美しく
改めて我が身を省みる機会が続きます。
2006年6月17日 (土)
Hi !
Hi ! I'm Flower.
I'm blooming to wave in a breeze.
Hi ! I'm Love.
I'm waiting to wipe your tears.
Hi ! I'm Happy.
I'm smiling to sing a song.
Hi ! I'm Dream.
I'm shining to hold your hand.
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2006年6月14日 (水)
豆便り
豆を煮るのは幸せです。
大豆、いんげん豆、くらかけ豆、とら豆、黒豆・・・
ひよこ豆も大好き。
レンズ豆を、粒あんのように甘く煮てみたこともあったっけ。
いろいろな色や形の豆をゆでてサラダにしたり、
スープに入れてもおいしい。
もうすぐ6ヶ月になる姪を、我が家では
「そら豆ちゃん」と呼んでいます。
ちょっと前まで、もう少しで寝返りが打てそうで打てずに
きーきー言っていたのに
ころんと転がることが出来るようになりました。
段差を利用して、二回転する技を見せて驚かせたりするそうです。
姉と電話で話をしている間も、ころころ転がっていて
うつぶせで止まり
身動きが取れなくなって泣き始めました。
そら豆ちゃんの写真を送ってくれたそうです。
2006年6月13日 (火)
2006年6月12日 (月)
マザー・テレサ通信
「マザー・テレサ通信」が届きました。
学生の時に読んだ
マザー・テレサ―あふれる愛 に感動して
クリスチャンというわけでもありませんが
私が最も収入の少なかった時から
沖守弘さんの「おにぎり献金」にわずかなお金を送りはじめました。
かれこれ十数年になります。
お金を送ると沖さんは必ず領収書や
マザー・テレサ通信を送って下さって、
なんでもなくても時々、マザーのポストカードを同封して
下さったりするのです。
今回もマザーの写真と言葉の載ったカードが2枚入っていました。
きっと私だけでなく他の皆さんにもそうしていらっしゃるのでしょう。
寄付というより、そのやりとりが嬉しくて
お金のお手紙を届けています。
マザー・テレサにまつわるお話は沢山ありますが
2004年のスペインバルセロナのサグラダ・ファミリア大聖堂での
マザー・テレサ写真展に続き、来年はパリのユネスコ本部にて
写真展が開催されるそうです。
また今年の9月のマザーの昇天記念日には
関西のミショナリー・オブ・チャリティーのサポートグループが、
医療品等を持ってカルカッタへ行かれるとのことで
固形せっけんやタオルや手ぬぐいを募っていらっしゃいます。
誰かが本当に固形せっけんやタオルを必要とする時に
お金ではなくわずかばかりの固形せっけんやタオルを
手元から送れるのは、幸せなことだと思います。
朝顔と犬の絵の記念切手を買ったので、
それも少し送ろうと思います。
次回、どなたのところにこの切手が貼られたマザー・テレサ通信が
届くのかと思うと、なんだか楽しくなります。
今年の沖さんからの年賀状には
「すべての人が大切にされる平和な世界が
一日も早く到来しますように」
とのメッセージが添えられ
この方は、この想い以外のものは、もう持っていらっしゃらないのだ
と思いました。
2006年6月10日 (土)
自分を大切にしようとする
今朝は朝食の前にお墓参りに行ってきました。
お墓参りに行く時は、いつもとても良いお天気で
さわやかな気分になります。
朝食後、歯医者さんへ歯のお掃除に。
午後からはヨガクラスへ行って来ました。
前回初めてヨガと瞑想を体験してから
なんだか調子が良いのです。
ボディーメイキング、ウォーキングと変遷して
ヨガにたどりついた、という感じです。
どれもストレッチをしたり足首をまわしたりするのは
同じ内容なのですが、今の私にはこのヨガクラスでの
心持ちが一番ぴったり来ます。
ヨガの用語などはさっぱり分かりませんけれど。
瞑想は前回と感覚が全然違いました。
自分の内面の奥の奥の方へ入っていこうとすると・・・
そこには何にも無い。
何も無いのにすごくきれいないいものが光ってる。
そんな感じでした。
それが本当に自分の内面を見たのか、
真実かどうか、は何とも言えません。
あくまでも自分の感覚です。
また次回は違う感じがするのかも知れません。
でももし誰もが自分の内側の奥の奥の方に
何も無いのにすごくきれいないいものを
光らせているとしたら?
今、笑ってる人も
怒って何か文句言ってる人も
事件を起こした人も
こんなことは二度とあってはならないと
憤っている人も
最高の幸せをかみしめている人も
自分の内側の奥の奥の方に
何も無いけれどすごくきれいないいものを
ただ光らせているのだとしたら?
でも、だからといって
一生懸命勉強したことや
悔しかったこと
悲しくてしかたのなかったこと
とても嬉しかったこととか
自分なりに培ってきた考え方
誰かに会いたいという気持ち
精一杯の感謝の心
それらは無意味であろうはずが無い。
そんなことがいろいろと流れて行きました。
瞑想の後は
自分が軽やかに喜びます。
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